今年、2014年の1月27日にNHKで放送された原爆生存者の被爆直後の健康状態にかかる研究文書を入手した功労者とされる、放射線医学の権威、長瀧重信・長崎大学名誉教授が、その内容を報道させるタイミングについては日本政府、厚生労働省の抱える補償問題などを考慮するべきだとアメリカ政府に伝えていたことや、日本国内での原爆生存者への同情は放射能障害というよりは主に投下直後の症状(注)に起因している、という旨を述べていたことが分かった。
まず、2013年12月24日のメールでは朝日新聞記者の取材と質問をうけて「いまは日本の厚生労働省にとって原爆生存者の補償問題がセンシティブな時期なので、すぐに朝日新聞の記者から(アメリカ政府に)来ている取材依頼に応じるのではなくて、朝日側の出方を待った方がいい」と進言していた(「センシティブな時期」というのが何を意味するのかはよく分からない。2013年12月に原爆症の新しい認定基準を政府は公表しているが、その作成はこのメールよりも前である)。
また朝日新聞の質問には失礼な内容が含まれているので、別に全部は答えなくてもいいとも述べている。結局この話題は(朝日ではなく)NHKのスクープとなったが、長瀧氏が日本の放射線学の第一人者であることなどを考えると、朝日新聞の取材を妨害しようとした点で(効果があったかどうかは知らないが)事実上の情報操作と評価できる。以上は、筆者が米国政府のエネルギー省に対してかけた情報公開請求に対して開示されたEメールから判明した。
なお長瀧氏は福島第一原子力発電所事故直後の2011年4月15日にも首相官邸HPで、「チェルノブイリ事故との比較」という声明で、「福島の周辺住民の現在の被ばく線量は、20ミリシーベルト以下になっているので、放射線の影響は起こらない」と述べてみんなを安心させようとしてくれていた人物である。
ウィキペディアによれば、長瀧氏は東京大学医学部を卒業後、ハーバードメディカルスクールへの留学を経て、東京大学附属病院外来診療所医長、1980年長崎大学医学部教授(内科学第一教室)、学部長、放射線影響研究所(広島・長崎)理事長などを歴任。長崎大学名誉教授、国際被ばく医療協会名誉会長であり、放射線医学の権威。長崎大学時代に被爆者の治療や調査にあたっており、チェルノブイリ原発事故がもたらした健康被害の調査活動や東海村JCO臨界事故現場周辺住民の健康管理にかかわった、とある。
また彼が広島平和記念日に送ったメールでは、「日本人が原爆生存者に対して抱いている支援と補償の(必要だという)感情は 放射線の(その後の)健康への影響についてというよりは、全体的に(被爆直後の)急性症状群(注)に起因するものである」と、アメリカ側に伝えていた。だがこの部分は、そう言い切ってよいものか甚だ疑問がある。*なお()の内側は原文を筆者が補ったもの。
さらにアメリカ大使館訪問後に2013年6月17日に送ったお礼のメールでは(どういう立場かは分からないが)長瀧氏が「エネルギー活用」の問題について関心を持っていることも述べている。おそらく原子力政策についての意見だと思われるが、少なくとも「医学」を研究するに際してならば、気にするべき内容ではないと思われる(おそらく原子力その他のエネルギー政策は、医学があくまで中立に研究されることを前提として、各種のリスク評価をしているのに、もし医学の方がエネルギー政策について云々かんがえだすとその基盤自体が当てにならなくなるからである)。
いちおう7月15日付けのメールでは、「(アメリカ、エネルギー省が)提供してくれた原爆投下直後の健康への影響についての情報すべてを伝えることを許してくれるなら嬉しい」とは述べているものの8月10日のメールでは「日本政府の厚生労働省や、その他の機関に送るために、情報のコピーされたCDを作る予定だ」とも述べていて、やはり目線が学問や社会というより圧倒的に政府のほうをむいている。
この長瀧メールは果たして、学界の権威とされるこのような人物は「学者」なのか何なのか(また、仮にこれで学者を名乗れるのなら「学問の中立性」とかいうものはどこにあるのか)という問題提起になると思われる。ついでに言うと福島事故の後で、いきなり昔の原爆症研究文献に戻って晩発障害よりも急性症状の方を強調しようとする人物の意図はいったいどこにあるのかと疑わしくなる。
(NHKからのお礼メール)
なお、長瀧氏がエネルギー省文書を入手した経緯については、不思議に思って今年2月に「NHKスクープの被爆地疫学調査・アメリカ新資料 情報公開請求を使わずに発見?」という記事を出したところである。実は今回入手できたEメールを見ても釈然としないのだが、この原爆症研究文書は、NHK報道による限り、長瀧氏が理事長を務めていた放射線影響研究所が、アメリカ側の機関とともに作成したということである。そして、実際その一部は日本にも残っているように長瀧氏のメールは読めた。合理的に解釈しようとすると、そのうち一部へアクセスが何らかの理由で出来なくなって、アメリカに長瀧氏が要請して入手したようにも思えるが、やはりよくわからない(余りに分からないから、検討材料としてそのうち全文をPDFでアップするかもしれない。)。
長瀧氏はこれらのEメールを別の箇所で「パーソナルなもの」と呼んでいるが、これは勘違いも甚だしくて、アメリカ政府の当局者と交わしたコミュニケーションは全て公文書になって情報公開法の対象になる。まさか情報公開請求でメール全文を開示されると思わずに、こんな文章を書いたのだろうが考えが甘い。東大医学部卒〜ハーバードメディカルスクール留学という華麗な経歴の割に、頭は回らないようだ(そういう意味でも医学を任せるには心配な人物である)。
長瀧名誉教授の教えてくれた教訓は(1)アメリカは、プライバシーよりも透明性を重視するお国柄なので、あちらの政府には迂闊なことを言わない方がいい。情報公開請求を食らうと全部よまれてしまう。なおアメリカ政府に転送される可能性のある情報でも余計なことは言わない方がいい(2)どこあてであっても、メールは残るので、余計なことを書かない方がいい(3)ふつうに使用されているGメールなどの情報も当然に誰かが見ることが出来るはずだが、読める立場の人(管理者権限を持っている人間やNSAの人間など)は、とても見ている内容にうんざりしているだろうということである。筆者は実にうんざりした。
あと筆者は、被爆についての国内の放射線医学分野では、政治的事情を考慮した内容を発表する人間が第一人者とはっきりと分かったので、もうこれからはまじない程度にしか信用しないことにする。
(注) 投下直後の症状は原文でacute syndrome とあり直訳すると急性症状群である。一般に、放射線の晩発性障害(のちのガン発症など)と対比して 急性期症状(吐き気、脱毛など)をacute studyといって対比することがあるが、ここでは「放射線の健康への影響」the health effects of radiationと対比してacute syndromeといっているのでたんなる放射線の急性障害ととらえると、acute syndromeの意味が通らない。したがって、放射線のみに限らず、原爆投下直後の熱傷や烈風、建物の倒壊などによる火傷や打ち身、骨折その他の外傷も加えた被爆直後の全体的な健康被害のことを長瀧氏はacute syndromeと言っているとみるべきである。
*記事内でメールの翻訳は、あえてなるべく直訳調にしてある。面倒なので全て開示文書はアップしないが、欲しい人、確認したい人や内容に疑義のある人はアメリカエネルギー省に情報公開請求をかけて「江藤貴紀にアメリカエネルギー省が、アメリカ連邦情報公開法に基づいて開示した全ての文書」あたりを請求するなどすれば、同じものが入手できる。
【編集長 江藤貴紀】
まだデータがありません。