以上の大使見解は筆者には非常に説得力のあるものと感じられた。というのは、ラドゥ大使は長年にわたってソ連との外交交渉の表舞台に立ってきた人物だからだ。
例えば、冷戦時代にも関わらず、ルーマニアが原子力発電を導入したときに、ソビエト型の原子炉を建設することを拒否して西側諸国であるカナダ型の原子炉を導入する決定の交渉に携わった。ラドゥ大使によれば、「ソ連との交渉の中で、地震が起きた場合の安全性の保障を私たちは求めたが、ソ連側はそれを受け入れられなかったため、カナダタイプを導入することになった」ということである。
ちなみに現在、ルーマニアでは2基の原子炉が稼働中で、2011年に日本で福島事故が起きた後にも政策変更はされていない。ルーマニアは近年の経済成長ぶりから「ヨーロッパの虎」と呼ばれており、経済成長の持続性を優先した判断である。
また大使の意見では原子力発電の持続は日本にとっても現実的な選択肢であるという。原発ゼロ政策が注目を集めており、多くの人が「原発の真のコスト」はいくらかということについて議論し、その結論は様々である。原発がのコスト優位性という「神話」は誤りであるという意見がある一方で、その他のエネルギー源、液化天然ガスなどの輸入コストの増大が日本経済に取って大きな足かせになっているという意見もある。
ラドゥ大使は、政策変更の舵取りは急激になされるべきではないという理由から、日本の原発再稼働に肯定的だ。「数多くの試算が、異なる前提に立つ人から、原子力発電コストについてされていることは理解している。だが、一つ確実なのは日本はこれまで30%のエネルギー供給を原子力発電に依存してきたということだ。だとすると、急激に全ての原子力発電施設を閉鎖すると言うのは現実的な選択肢ではないはずだ。そんなことをすれば、国内経済に壊滅的な打撃を与えることになるだろう。」
なお、大使は「クールマインド」な経済学の専門家というだけでなく、詩作についても恵まれた才能を持っていて、俳句を嗜んでいる。彼の「温か」な一節は次の様なものだ。
「皇居へと 絹張りの馬車 花舞えり」(原文は英語)
ところで、以前ファイナンシャルタイムズのインタビューで述べておられたことだが、ルーマニア大使館(現在老朽化している)の立て替えについて、多くの建築会社から魅力的な提案をされているという。
大使:もし私たちが建設会社に、大使館の敷地のうちの半分か、新たに立て替えられる大使館のフロアの半分を50年間貸し出せば、その代わりに大使館の建築費用は無料で済むという話が来ている。これまで赴任した国の中で、これは日本でしか受けたことのない提案だった。
建築会社は私たちから借りることの出来る土地又は建物を又貸しすることで、将来の利益を見込める。私たちの側は建築費用を完全に浮かせることが出来るわけだ。これはとてもいいウィン・ウィンの取引だと思う。すでに他の大使館、例えばフランス大使館はこのオファーを承諾しているよ。」
ラドゥ大使は、これからの日本・ルーマニア両国の相互理解の進展にも、期待を寄せている。実のところだが、日本のワイン企業の多くはルーマニアワインを大量に輸入して、日本の消費者はそれと知らずにルーマニアワインを飲んでいるのだ。
というのは、日本のワイン企業は輸入されたワインを国内でボトルに詰め直したあとで「国産ワイン」として小売店鋪に流通させている実態がある。実のところ、私たちの多くには、ルーマニアワイン(世界で最も古いワイン生産地の一つである)の実際の品質はきちんと知られていない。
大使館で2009年ビンテージの赤ワインをいただいたのだが、14.6%というワインとしては高いアルコール度数にも関わらず味わいは非常にバランスが取れており、舌触りが滑らかでハーブ系の香りも心地よい。ぶどうの品種は分からないのだが、筆者の表現力の限りでワイン好きの人に説明するとすれば「メルロー80%にカベルネ・ソーヴィニョン20%くらいの、質のいいボルドーワインのような感じ」である。
ラドゥ大使は現在も、日本の各地域と経済協力を強めるために、非常に精力的に日本国内で各種の催しや会談を飛び回っている。
【江藤貴紀】
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