シリアでの取材を計画、公表していたフォトジャーナリスト、杉本祐一さんが外務省から旅券法19条に定める生命の危険を理由にパスポートを強制的に返納させられた問題について、2月12日外国特派員協会で抗議する会見を行った。
杉本氏は自らに20年間の紛争地や難民キャンプでの取材実績があることを踏まえた上で「パスポートの強制返納という事態に直面し、大変驚き、またショックをうけております。パスポートを失うということは、私のフリーカメラマンの仕事を失うということであり、また私の人生そのものが否定されるということだからです。」と述べた。
ことの経緯については2月の2日か3日に外務省から「シリアへの渡航を取りやめるようにして欲しい」という電話があり、その翌日には新潟県警の中央警察署にいる警備課長(筆者注:「警備課長」というのはいわゆる公安警察の人間である)から面会要請を受けて喫茶店で再び、シリアへの渡航を自粛するよう要請されたーーーだが、それでも行くつもりだという旨をのべたところ警察からは「無事に帰ってきて欲しい」と言ってもらえたという。
しかしその後、2月7日になって外務省領事局旅券課の職員2名と警察官2名が杉本カメラマンの自宅を訪問、外務大臣の発布した「旅券返納命令書」を提示されてパスポートを返さないと逮捕されると言われてパスポートを失ったということである。
以上をみると私見では(外務省や日本政府とのやりとりで)不穏な空気が流れているのは明らかで、さらに県警の中央署から公安警察の課長まで出てきたわけである。特に、日本人人質事件で人質が2名ともイスラム国(*)に殺害されていて、それで国内がとても動揺しているわけなのだから、邦人をイスラム国に行ってもらうのは何としても食い止めたいと政府首脳が考えるのは当然だ。
なので、もし何が何でもシリアに行きたいならば、杉本さんの前に警察などが出てきた時点で当日にでも船だか飛行機だかで、どこかの第三国へ向けてでも、とにかく日本から出国して日本政府の手の及びにくいところに身を置いておくのが合理的である(筆者が同じ立場なら、絶対にそうしている)。なのに杉本さんはのんびりしていて2月7日に旅券を取り上げられてしまっている。
そこで、記者会見の終了後に杉本さんへ「警察が2月の3日か4日火に来た時点で不穏な空気になってますよね??ならちょっとチケットが高かったりするかもしれないけれど、当日にすぐ出国してたらパスポートを取り上げられないですんだのではないですか」と聞いてみたが、杉本氏の回答は、「そんなこと思ってませんでしたし、普通、行政としては注意喚起ですよ。もっと段階を踏むと私は思っていたんです」ということであった。
しかし失礼ながら、いわゆる「転び公妨」、いわゆる別件逮捕だろうと何だろうとやれば、政府は彼の身柄を差し押さえることは出来るわけである。さらにシリアへ行かせたくないならば本人に逃げられる前に不意打ちで、パスポートを奪わなければ意味が無いわけである。
(もっというと逃亡中の彼の旅券を執行させることが出来るのではないか、とか関係国の政府当局にとにかく理由を付けて空港などでの身柄拘束を要請する、という選択肢もないわけではないが)。
なので、日本から出国できない危険を察知したら(察知出来ないなら、それは相当に勘が悪い)、すぐ大急ぎで出国するくらいの反射神経と逃げ足がないと、非常に情勢の危険な現在のシリアに渡って、イスラム国の誘拐などから身を守ったり危ないときに逃げ出したりするのは難しいのではないかと思われる。
失礼だが、母国の日本政府から逃げ切れない人が、シリアであのイスラム国から逃げ切れるとは思えない。今回のパスポート返納処分は、憲法上の海外渡航の自由や取材の自由を侵害するのではないか、など色々と日本政府が今回とった措置については論点がある。しかし、日本政府のお節介な(パターナリスティックな)干渉をかわしてシリアに行けるぐらいじゃないと、どう考えてもシリアで死んでしまいそうなので、これくらいのハードルは超えないとシリア行きの資格はないと筆者は考える。
なお、今回の没収が違法だとして行政訴訟をする場合の弁護士としては、光伸法律事務所(こうしんほうりつじむしょ)の山下幸夫弁護士を予定しているという(**)。
なお、会見中の主な質疑応答は以下の通りであるが、「警察官は名刺も出さなくて失礼だった」など、言っては悪いがすごくのんきなことを杉本氏は仰っておられる方で、これはイスラム国に行ったらまあ危ないだろうなと筆者でも思った。
Q 私はイタリアの記者ですが、うちの国では、確定判決が出るまではパスポートを取り上げられない。今回の警察の行動をよく理解できないのですが、もし警察の行動を拒否した場合に逮捕される法律はあるのでしょうか?
A 昨日、(山下)弁護士と打ち合わせたばかりなので余り検討していないが、弁護士と会って正式にその点を詰めていきたい。パスポート返納のときに、外務省の係官2名は名刺を置いていったが、一緒にいた警察官らは名刺を持っていないといって名刺を出さなかった。これは礼儀正しい国の日本の中で非礼にあたると思う。外務省の職員に警察が就いてきたことが合法かどうかは、分からないので答えを控える。
Q シリアに行きたいということで取り上げられたパスポートだが、外務省に他の国に行くという名目をいってパスポートを返してもらうつもりはないのか?
A 焼き肉を食べに韓国へ行くとか万里の長城を見に中国に行くという名目をつかうつもりはないです。だけど、パスポートを返して欲しい。
Q 外務省職員は、どれだけの期間パスポートを預かるといいましたか?またどういう条件にしてパスポートを返すといったんでしょうか?
A 期間は無期限で、パスポートはどんな条件の下でも返さないということだった。
Q(フランスRTF放送 ジョエル・ルジャンドル・小泉記者)
私の理解では、他の国と日本ではパスポートと国民の関係が違う。他の国ではパスポートを持つのは権利だが、日本ではそうではないようだ。ところで、ISILのメディア戦略は非常に特別だ。西側のジャーナリストを確保したら、誘拐されて解放されない。このことをあなたは理解しているか?色んな専門家がこのことを重視してる。ただ難民キャンプに入っただけでもそういう目に遭うのを理解しているか?
A 私が以前、コバニを取材したとき周辺はトルコの戦車部隊と、重武装のトルコ治安部隊が何百人も警備・警戒している状況だった。そのような状況を確認しているので、ISILの戦闘員が入る余地がないので、間違いなく誘拐や拉致の余地はないということでスルチの難民キャンプを取材した。もちろん(イスラム国の)スパイ要因のようなものについては、排除しきれないが。
Q (神保哲生記者)
人々からは、どういう反応があるのか。また、法律では渡航の自由があるという風に解されている。そうすると旅券法の19条が憲法22条を違反するかという裁判になるだろう。(裁判になると)1960年以来の最高裁の判断になるだろうが、そのお金と時間についてどう判断されているか。
A 報道されて以降、嫌がらせ電話もあったがそれよりは激励の反応が圧倒的に多いです。あと、私事ですがこれはフリーランスの多くのカメラマンの問題でもあって、これは仕事を失うということで許してはならないことです。もしかしたら日本の大きな報道機関に影響が及ぶ可能性も心配しています。
Q (田中龍作記者)
本気で訴訟を起こす気はありますか?杉本さんの売名行為でないかという誹りも出てくると思うんです。
A 弁護士には昨日の夜に会った程度です。しかし今の質問で自分も燃えました!訴訟は、起こします。
Q あなたが外務大臣だったとして、「日本国民が非常に危険なところに行く」というニュースを聞いたとしましょう。あなたなら外務大臣として、どういう判断をしますか?
A あなたの渡航先は危険である、それに対してどういう対策を取っているかと聞きます。これについての答えが十分であれば、僕はパスポート返納を求めないです。僕のシリアでの安全対策は日本語の分かる自由シリア軍で、もう10何年も付き合っている。あとタクシードライバーもずっと付き合っていて、常宿もトルコ人が経営していて私はその人たちと関係があります。私は、その人たちと一緒に行って、シリアの前まで行って、返ってくる毎日です。取材に行くたびに車に守られて13名のガードマンが付いていて、常宿に泊まるという体制で行っている。
*「イスラム国」については、表記や名称がISIS、ISILなど別れており、また国家主体でないのに国のような名称を使うのは正しくないのではないかといった意見もあるが、従来の慣用に鑑みてこの記事で地の文においては、イスラム国の名称を使用する。また発言者によってはISILなどの名称を使用している場合があり、その呼び方自体が発言者の「イスラム国」へn評価を表しているため、その場合には発言どおりの呼び名を記事中で使用することとする。
** 余談だが、杉本さんが相談しているという山下弁護士は2ちゃんねるの実質管理会社だったと警察から認定された未来検索ブラジルが、警察の捜査が違法だとして国賠訴訟を起こした事件の弁護士さんであるものの、裁判記録のうち報道されたくない部分について、民事訴訟法上の閲覧制限の申立をしていなかったため、ブラジル社員の職務内容やニコニコ動画との業務提携について筆者から書かれてしまい、慌てて訴訟記録閲覧制限の申立をした、うっかりさんである(当たり前だが記事にしてインターネットにアップされた後でその箇所の閲覧を制限しても、大して意味が無い)。
***本記事では法律用語について、読みやすさを重視して慣用句で用いてある箇所がある。例えば旅券は旅券法上の処分としては「返納」で同法に出てくる「没収」とは別の概念だが、記事の題名では「没収」という一般的な日本語の用法を使っている。
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【編集長 江藤貴紀】
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