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ウクライナ大使・インタビュー「ソビエト・ロシアの教訓を日本と我々は共有することができる」

2014年5月22日17時28分
カテゴリ:外信

ウクライナ大使・インタビュー「ソビエト・ロシアの教訓を日本と我々は共有することができる」

駐日ウクライナ大使のイホール・ハルチェンコ氏が5月21日、弊社のインタビューに応じ、現在のウクライナ情勢と合わせてソビエト時代の体験を語った。

*大使略歴(元・キエフ大学助教授を経てウクライナ外務省に入省。それからニューヨーク、ロンドン、ルーマニア国、ポーランド国の在外公館勤務を経て、現在は特命全権駐日大使)




(インタビューに応じるイホール大使)


ーー今日は少し蒸しますね。ウクライナの(首都)キエフはどんな気候でしょう?

大使 キエフの方が東京よりも気候はいいと思う。冬はもっと寒くてときどきマイナス30位にはなる。夏には40度になることもある。他の季節はもう少しマイルドな気候条件だ。アラスカに住む人もきっと、アラスカの気候の方が東京よりも良いというだろう。人は自分の住んでいる場所の気候がいちばんいいと考えるもので、「気候」の良し悪しは人間の評価に依存するんだ。


ーーウクライナの宗教事情に付いて教えてください。

大使 私は正教会を信仰している。洗礼は、祖母に行なってもらったがこれは内々の秘密だった。ソビエト時代には共産主義者が宗教を信仰することは正しくないと考えられていて、私の両親は2人とも共産党員だったという事情があった。表向き、ソ連は「無神論」の国家だったが私の祖母は信心深くて、彼女の考えが私の両親にも浸透していたんだ。そして彼らはキエフの近くにある(キエフの中じゃないんだ)、教会で洗礼の儀式をしてくれた。実際にどれだけの人々が隠れて洗礼を受けることになったのかは分からないが、キリスト教の伝統は私たちの社会に強く根付いていたよ。


しかしソビエト当時のモスクワにはこのことは知られていなかった。ソ連では公式には宗教は許可されていなかったんだ。1930年代には500の教会がキエフにあったが、3分の2は破壊された。厳格な別の宗教「共産主義」が存在していたからだ。それでもキリスト教の伝統は生き続けた。


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イホール大使は外交官になる前には歴史学者で、専門は20世紀の東欧史だった。しかし当時のソ連体制は学者にとって優しいものではなかったという。近代東欧史の「博士」らについては、機密事項情報と指定されていた。公にされず、情報は閉ざされていた。また博士号を取ることが出来ても、著作を発表する前には共産党の許可をとる必要があった。


1986年のチェルノブイリ原発事故のとき、彼は爆発(4月26日午前1時30分頃)の翌日に事故を知ることが出来たが、それは特殊な事情のためだった。「私の非常に親しい友人の父が、シークレット・サービスに所属していた。彼らが教えてくれたおかげで、私は事態を知ることが出来たんだ。しかし政府当局が、普通の市民に対して『特別な事象の発生』を発表したのは事故の一週間後だった。私に言わせれば、あれは犯罪だ。ソ連はまた別の犯罪を行なったんだよ。」


「だがもちろんのこと、人々は西側の放送にラジオを合わせていた。イギリスBBCにVOA(ヴォイス・オブ・アメリカ)、ラジオ・フリー・ヨーロッパにチューニングを合わせれば情報を得ることは出来た。」しかし、ラジオを巡る戦争が行なわれていたとハルチェンコ氏は言う。ソ連側当局は、西側のラジオ波を防ぐための特殊な設備を設置して起動させていた。ちょうど現在の北朝鮮と同じように。だがやりようによっては、上手くラジオの波長を合わせて海外の番組をこっそりと聞くことも可能だった。

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ーーあなたや他の人々が逃げ出したり避難することは可能だったのでしょうか?

大使 ああ。実際に多くの人が避難した。しかし、簡単に予想してもらえるように、ソビエトの中央政府から、キエフ共和国に対して、避難を禁止するように命令がくだされた。 私たちのキエフ政府はモスクワの共産党政府に、子どもたちの避難を許可して欲しいと申し出たが彼らの返事は「ノー」だった。それでも、人々は逃げた。人々が「常識的な知恵」を働かせたからだ。子どもたちのうち8割ほどは避難させられたと思う。


ーー市民の自由に関してですが、エドワード・スノーデン氏のことはどうお考えでしょう。英雄でしょうか、それとも裏切り者でしょうか?

大使 彼についてはこれといった意見を持たないね。マスコミの見出しで目にすることはあるが、私の興味をまったく引かない。 * ( 筆者注:インタビューの中で大使の両親に関する部分があったのだが、それについては掲載しないでくれとウクライナ大使館から要請された。理由は定かではないが、「プライバシー保護のため」ではないだろうと思う。 )


ーーしかしソビエト時代のことが彷彿としませんか?それに通信傍受に対する秘密の保護ということについても、彼のリークは重要ではないでしょうか。いくつかの国は傍受への注意を以前より払うようになったといいます。

大使 いかなる政府であってもその過程を処理するための機関を設けている。それが政府の働きだ。これはギリシャやローマ帝国の時代にも遡ることが出来る。私の懸念は、「より大きな問題」にある。


ーーいま最大の心配はもちろんソ連が侵略していることですよね?ええと、すいません、「ロシア」の侵攻です。

大使 ふむ、あなたの今の言い間違いはフロイトの説明する「無意識」的なものだね(笑) 2014年までも、私にとって最大の関心はいかにして侵略を避けるかという点だった。この数年間、ロシアの対外政策は膨張主義だった。


北京オリンピックのときにも、ロシアは戦争を始めた。


ーーでは侵攻の時期についてはどうお考えでしょう。ちょうどソチオリンピックが閉幕したときでした。華やかなオリンピックに目が向いているときの攻撃は「効果的な奇襲」になっていたのでしょうか?

大使 2008年にも北京オリンピックの最中にロシアは南オセチア侵攻(八月戦争)を開始した。全く同じタイミングだ。

 ロシアと我が国の関係について言えば、今まで良かったためしがない。ウクライナの独立した翌日に、ロシアは「自国の領土を奪還する」と宣言した。あれは衝撃的だった。私の考えではロシアの思考方法は、領土を失った帝国のものだ。ロシアは最後の帝国で、そのスタイルは19世紀の帝国主義的な国際政治のものだ。プーチン氏はちょうど我が国の国内情勢で、最も防御が手薄になった時期を狙ったと思う。我が国の人々は腐敗した体制を転覆して、それから3日も立たずに新しい体制を樹立した。その翌日、いちばん備えの疎かになっている時期にロシアは攻撃を仕掛けたのだ。

 しかしこの侵攻には副作用があったよ。おかげで私たちウクライナ国民はかつてなく団結することが出来たからだ。もちろん東ウクライナの領土奪取をプーチン氏が狙っていることは周知の事実だが、彼のもくろみは失敗するだろう。


ーーウクライナの国内で民族同士の緊張はないのですか?

大使 存在しない。我々は多文化主義的な歴史を持つ。ウクライナ系、ロシア系、ルーマニア系、タタール系、それにユダヤ系やギリシャ系が共存してきた。現在の状況は、ウクライナを「自由な国家」と考える人たちとソビエト連邦のころからの視点で見ようとする微かな精力との最終的な争いだ。この両者の間では緊張が存在する。そしてその結果はというと、ロシア政府はプロパガンダを行なって、この状況を内戦に似たものに見せかけようとしている。しかしそれは現実ではない。民族同士の緊張関係などないんだ。ウクライナ政府職員の半分はロシア語を使える。そして、もっとも大きな県の知事を務めているのはユダヤ系ウクライナ人だ。


問題は、ロシアがこの状況を「ロシアン語」(ロシアの流儀)で説明しようとしていることだが、説得力はない。そして私たちを実際に離間させたり混乱させることは出来ない。実際には多くのタタール系住民が、ロシアの占拠したクリミアから逃亡している。それが現実だ。ロシアから資金を受けて送り込まれたテロリストのグループは国内に存在する。彼らの特殊エージェントのことを私たちは「ロシアン・ネオナチ」と呼んでいる。それが、東ウクライナで現在のテロリズム工作が行なわれている背景にある。


ーー軍事的なことについてお聞きします。ウクライナはソビエト時代からの多くの遺産を受け継いだのではないでしょうか。近代的な戦闘機、戦車、それに訓練度の高い兵員などです。また人口も4600万人います。ロシアと比較して、ウクライナ国の軍事力はいかがでしょう?

大使 ロシアの方が圧倒的に強力で、公称で86万人の軍隊を持つ。一方ウクライナ軍は公称15万人だ。現在、軍事力を再建している途上だが、純粋に軍事的な観点から言えば、勝負にはならない。だが指摘するべきことがある。それは、物事の道理として士気と精神が重要だということだ。戦争には多様な局面がある。ロシアはウクライナ領土を占領して、テロリストを送り込み心理戦と外交戦を仕掛けてきている。


だが外交面ではロシアを支援しているのは北朝鮮だけだし、ロシアの心理戦における浸透工作も上手くは機能していない。従って、結末は明らかだ。目下の課題は東ウクライナで活動するテロリストに対する作戦を完遂して東ウクライナの一部に秩序を取り戻すことにある。


ーーNATOからの軍事的な援助や、派兵についてはいかがでしょう?

大使 NATOの軍事会合が本日行われて、現在のウクライナ情勢が議題になる。これが私の答えだ。そして出口戦略を見いださないといけないのはプーチン氏の側だ。私の見たところ、彼以外には誰も、どこにプーチン氏が行こうとしているのかは理解不能だ。


ーーでは中国はどうでしょう?現在、ますます力を強くしていますが、中国は西洋諸国ほど、ロシアへ対して厳しい態度をみせていません。中露間で、盟約のような種類のものが結ばれる余地はあるとお考えでしょうか、それとも全くあり得ない話だと思いますか?

大使 ウクライナの現状はロシアによって引き起こされた。世界は結びつきを強めているなかで、ロシアは国際秩序に対する海賊のようなならず者と考えられている。ロシアがいきなり起こした行動は非常な問題だ。そして世界秩序が今後どうなるかも非常な問題なのだが、いま公然と国連憲章を破った国はこの秩序に反している。我々は、この点に関してG7、日本の対応へ感謝している。


もちろん、世界がどこに行こうとしているのか、そして勝者は存在するのかーー果たして存在するとしたら誰なのかーーといった疑問はあり、状況を見渡すことは難しい。しかし「敗者がだれか」ならば私には分かる。それは、国際秩序を破ったロシアだ。(5月23日追記:このインタビュー直後、中国とロシアのガスプロム社間で、天然ガスの供給契約が締結されたとの報道が入った。)


ーーところで、ロシアは大きなLNG(液化天然ガス)の輸出国ですね。そしてエネルギー資源の供給者という利点を、EUとの交渉において活用していると思います。質問なのですが、ロシアに取って代わる、十分な量のエネルギーの供給国で現実的に代替的な候補となる国はありますか?

 もしその代替国が存在しているとして、十分な量のエネルギー供給を開始するまでにはどれほど時間がかかるでしょうか?一昨日、中東問題の専門家の田中浩一郎氏(元は外務省国際情報局に勤務していた外交官。同局は、かつて佐藤優氏等が所属していた組織である)にお話をうかがう機会がありましたが、例えばイラン等は世界第二位の天然ガス埋蔵量を持っているけれど、輸出施設が全くないということです。そして経済制裁などが解けたとしても、輸出の計画開始から実施までには7年〜10年はかかるのが通常ということでした。ご意見をお願いします。




(左:田中浩一郎氏 右:ミネソタ大学のウィリアムビーマン教授 ビーマン氏は「イランの核開発疑惑は皆無」という意見を表明していた。*ビーマン氏の見解には全く納得できず、イランからの資源輸入がよほど必要なのでこう言っているだけではないか、と勘ぐった。)


大使 代替国としてはいくつかの選択肢がある。すぐにではないが、比較的近い期間に可能だろう。G7とEUの外相がすでにこの問題について協議を行なっている。民主主義のプロセスで廃止決定には時間を要するが、いったん意思決定がなされればそれはよく機能する。いまEUとG7では、いかにしてロシアの天然ガスに対する依存度を低下させるかについて協議が行なわれている。


ロシアから日本がエネルギーを輸入することは


ーー福島事故後に日本はエネルギー問題に直面しています。液化天然ガスのロシアからの輸入が優れたオプションだという人もいますが、この点はいかがでしょう。

大使 かつて我々はロシアの優良な顧客だったよ。


ーーでも、そのエネルギー供給で関係が密接であればあるほど、両国間で緊張が発生した場合に生じる帰結の打撃は大きくなります。

大使 エネルギー供給は主権国家における意思決定の問題だ。私は単に、この国に赴任してきている大使に過ぎない。私が出来るのはーー「経験を共有」することだけだ。我々は1991年から、ロシアのガス供給を受けてきた経験がある。そしてウクライナが独立した翌日に、彼らからは「ガス供給を停止する」という宣言がされた。これが私たちの経験だ。経験の語るところは、明らかだ。


ーーこれまでに会った日本人のなかでもっとも印象的だった方は誰でしょう?

大使 沢山だ。そしてその回答は不可能だが、名前を挙げることは出来る。美智子妃殿下に私はとても感銘を受けている。数回お会いしたときに文学についての話をさせて頂いた。皇室について語るのは余りよくないかもしれないが、もしどうしてもというなら、美智子妃殿下のことを挙げることが出来る。



ーーどういった文学や作家がお好きでしょうか?

大使 優れた作品でありさえすれば、時代や国には関係なく、何でも読む。先日亡くなったガルシア・マルケスも好きだったし、日本のなかにも好きな作家は沢山いる。安部公房、大江健三郎、夏目漱石ーー松尾芭蕉も好きだね。あと最も愛好する作家ならニコライ・ゴーゴリだ。ときどきロシア人と間違われることがあるが、彼はウクライナ人だ。海外へ赴任するときはいつもゴーゴリを持っている。いまこの日本でもね。今まで行ったすべての土地が私の一部になった。それが外交官という職業の明るい側面だ。会った人々と訪れた土地の全てを自分の一部に出来る。


【聞き手・文:江藤貴紀 写真:粟野夏美】


 

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